一日目の山元町では

イチゴ栽培農家の苗植えを手伝いました。この地区では震災前には100軒以上のイチゴ農家があったそうですが、全て津波にやられてしまい、再開に至っているのは十数軒のみとのこと。今回お手伝いしたのはその内の一軒だったわけですが、やはり暫くの間はもうやめようと思っていたけれど、「ボランティアが土地を綺麗にしてくれたので申し訳なくて、再びやる気になった」とのこと。高齢者夫婦のみで幾つものビニールハウスでイチゴ栽培をしておられました。

私は、イチゴ栽培どころかビニールハウスに入ること自体多分初めてですが、イチゴの苗は直径5センチほどの逆円錐型のプラスチックに入った土に埋められていました。まず、その苗を、崩さないように真上に引き抜いて、プラスチックの箱に12本X6段=72本ほどずつ並べる作業を延々と行います。これを私の他に女性2名でやったのですが、その内一名はご夫婦で参加しておられ、これは小声ですが、奥さんの方は決して自分から進んでボランティアに参加したのではなさそうでした。旦那さまの出身が宮城なので仕方なく連れて来られたという風で、顔には明らかに不満の色が漂っていました。正直、ボランティアを始めてから初めてそういう人に会ったので、それはそれで興味深かったです。だからと言って作業をサボっていたとかいうわけでは決してなかったのですが、とにかく終始ブスッとしておられました。

さて、取り出した苗は隣のビニールハウスに一輪車で運び、胸と腰の中間ぐらいの高さにある苗床に、十数センチぐらいの均等な間隔を空けて二本ずつ並べて行きます。それを奥さんがきちんと植え付けて行くという寸法であります。一日やっただけでもだいぶ腰が痛くなりました。これを毎年3人でやっていたといいますから、やはり農家は大変です。

途中、少しずつ休憩を取るわけですが、このお宅ではアレキサンドリアという種類の葡萄の木を植えておられまして、津波にもめげず残っていたらしく、完熟したものを皆に振る舞って頂きました。疲れを吹き飛ばすほど、超旨かったです。一人一房ずつ食べさせてもらっただけでも豪華なのに、帰りにも二房ずつ持たせて下さり、その日宿泊した南相馬のビジネスホテルでも食前食後に葡萄三昧でした。

作業を終えてボランティアセンター(ボラセン)に戻り、夕方、バスとJRを乗り継いで南相馬地区に入ります。ホテルのある原町の一部は、福島第一原発から20キロ圏内に設定された「警戒区域」指定区域でしたが、この4月から、放射線量の少ない地区の一部が解除されたようです。解除と言っても一般家庭には今も水道、ガスなどインフラが機能していないらしく、「立ち入りは可能だが住むことは出来ない」状態とのこと。ホテル近くにはコンビニや牛丼屋があり、車道沿いにも大手のスーパーが開業していましたが、ホテル隣のラーメン屋は機能しておらず、やはり住民はかなり少ないのでしょう。

風呂に入ったりしていたらホテルのレストランでの夕食に間に合わなくなり、近くの牛丼屋で食べましたが、こんな時でもないと牛丼屋に入ることもないので楽しかったです。でもやっぱりこってりしていて、また食べようと言う気にはならなかったけれども。

コインランドリーで衣類を乾燥している間、隣のコンビニであらしが表紙のWithを買いました。地元では誰が見ているか分からないので買えませんが、旅の恥はかき捨てです。写真が良さげだと思っていましたが、さとし君のダンスに対する思いがインタビューされており、真正面からダンスのことを話している記事を見たことがなかったので新鮮でした。最近はあまり雑誌は買わないようにしているのですが、これは思い切って買って良かったです。