確かにイタリアで

声をかけられたことは何度かあったが、それらはいつも「ニーハオ」であった。つまり中国人と間違われる、あるいは中国人と当て込んでお金をスろうという魂胆であったと思われる。添乗員から、見知らぬ人から声をかけられても決して反応しないようにと言われていたこともあり、いつも素通りしたが、一昔前にはきっと「コンニチワ」とニッポン人が狙われていたのであろう。それが、今やターゲットは金満中国人なんだなーと思った。

とはいえ、後になって同じツアーのメンバーから、何人もスリの被害に遭いそうになったりタクシーでボラれたという話を聞いた。4人家族はバチカン博物館の中で、高校1年の娘さんが何人かの外国人に囲まれてバッグのチャックを開けられたといい(寸でのところで、兄に助けられた)、3人家族でタクシーに乗ったら、イタリアではメーターの料金は一人当たりだと言われ、三人分払わされたとか、地下鉄電車の中でジプシー風の子供が来て、勝手にバッグのチャックを開けて中を物色していったとか。今や狙われるのは一人者よりアベックや家族連れが多いというのは本当らしかった。しかしタクシーはともかく、添乗員の話ではスリや強盗は現地の人達ではなく国際的な組織や流れ者の人達がやっているとのこと。また、教会などの出入り口で物乞いをしている人の姿も見られたが、いずれも中近東やインド人らしき人達だった。土産物の屋台なども、イタリアの絵はがきやマスク(やたら、舞踏会用のマスクが売られていた)などと共に、インドやアフリカ系の人達が、衣類やアクセサリなどを売っている姿も多かった。

さて、ヴェローナからノヴェンタ・ディ・ピアーブまでは2時間余り、高速で向かう。バスに乗る前には添乗員からいつもトイレを促されるのだが、その時点では全くモヨオさず、少し前に入ったばかりだから良かろうと乗り込んだのだが、バスが動き出して30分もすると、急な便意に襲われるようになった。今朝までに一旦お腹の緩みは収まっていたのを良いことに、昼間、食事もせずにジェラートを食べたりジュースを飲んだりしたのがいけなかったのだろう。バカなことをしたものだ・・・と反省しながらも、定期的に襲ってくる便意と闘いながらの1時間半あまりは、まさに地獄だった。残り数十分の間は、子供を産んだことはないが陣痛とはこんな感じだろうかと思うほど、5分おきぐらいに込み上げるモーレツな便意をなだめつつ、時には神に祈り、時には南無阿弥陀仏、時には南妙・・・と唱え、他にもありとあらゆる神に縋った。

それでももうダメかと思った時には、「ああ、こんな異国の地で、見知らぬ若い人達の前で脱糞して明日から笑い者になるなら、いっそ非常口から飛び降りてやろうか・・」と思ったホドである。しかし、いやいや、この苦境さえ乗り越えれば、これからはなんでも出来る、とも思った。オマエなら出来る!オマエなら絶対に乗り越えられるハズだ!!と、いつになく自信を呼び起こした時でもあった。いや、呼び起こさざるを得ない状況だった。神様・・飛び降り・・笑い者・・出来る!と走馬灯のようにイロイロと思いが流れ、ついには失神しそうになりながらも、待て待て、失神したら途端に失便するゾ、との思いでなんとか正気を保っていた。幸い、こんなこともあろうかと、昨日ミラノに着いた時、空港のキオスクみたいな店で生理用のナプキンを買って当てておいたのだが、それが役に立った。もう自力ではコーモンの開閉を操ることは出来ないような気がして、ナプキンで塞ぐようにしながらジッと時の経つのを待つしかなかった。

2時間あまりの高速を降りると、すぐに目的のホテルに到着だった。いつもならそこでスーツケースを下ろし、ホテル内ロビーに集まって添乗員の話を聞いてから解散になるのだが、そんなことをしているヒマはなかった。降りるやいなや、添乗員にすぐトイレに行きたいと伝え、教えてもらった場所に駆け込んだ。

危機一発だったが、セーフ!であった。我慢していた時の間にも、お腹の中で消化が進んでいたのであろう、思ったほどのゲリでもなかった。ナプキンにも、イッテキの汚れもなく(汚い話でスミマセン)、この時ほど自らの自律神経に感謝したことはない。思い起こせば、20数年前にも一度こんなことがあったな。当時、地下鉄駅から2〜3分ほどのところにアパートはあったのだが、乗車中から急な便意をもよおし、降りてからずっと「ワーーーッ」と心の中で叫びながら小走りし、自室のトイレに駆け込みセーフだった。

実に晴れ晴れとした気持ちで集合場所に戻ると、当然のことながら皆が訝しい顔をして待っていた。しかし、それを見てもワタシはホカホカの笑顔だった。なにしろ、大丈夫だったのである。明日からも、なんの後ろめたい気持ちもなくツアーに参加できる。私のスーツケースは、ツアーメンバー中、最年長の男性がロビーまで転がして来てくれていた(ちなみに、この男性には旅の間中、なにかと親切にして頂いた)。

ホテルの部屋の一角は、こんな感じ。

この日の夜も、当然外食はしないことにした。風呂に入った後、こんな時のためにレトルトのお粥を2食分日本から持参していたので、梅干し入りの方を食べてから休んだ。