イタリアに着いてこのかた

二日経っても、そんなワケでまだ一度もちゃんとしたイタリア料理というものにありついていなかったのだが、三日目のベネツィアではオプションでゴンドラに乗った後、イカ墨のスパゲッティを食べることになっていた。ゆえに、三日目の朝食は飲み物とパンだけにして、ハムだのサラミだのチーズだの脂っこいものや消化の悪そうなものは一切口にせずに、昼に備えた。

この旅の間中、最終日こそ少し雨が降ったものの天候にはとても恵まれたのだが、この日はまた絶好のゴンドラ日和であった。

ベネツィア本島内へは車が入れないため、ツアーメンバーで一艘、船を貸し切ってサンマルコ広場まで運河を渡る。ここも観光客が大勢おり、広場の周辺には大きな客船を始め、宮殿やらアパートやら巨大な建物がズラリと並んでいる。屋台の土産物屋も、多くは例によって仮面ばかり売っている。そして、広場の一角からゴンドラに乗るのだが、ゴンドラが周回する辺りはかつて罪人収監の場所であったらしい。ゴンドラを漕ぐ人(船頭さん)は皆、横のストライプTシャツを着ているのは、そのせいかも?

前日に添乗員さんがバスの中で、ゴンドラに乗ると船頭さんが朗々とカンツォーネを歌ってくれるように思っているかも知れないが、船頭さんはゴンドラを漕ぐだけで、誰も歌いはしないと言っていた。考えてみりゃそうだよね。船頭さんが皆、そんなに歌の上手い人ばかりのハズがない。しかし、実際に乗ってみると、初めの内は周囲の景色を興味深く眺めているが、後半はやはり歌があった方がいいなぁと思った。なんだか静か過ぎるのだ。船頭さん同士は盛んに、お互いの名前を呼び合って言葉を交わし合っていたけれど。

路上から見ると装飾品や土産物屋になっている場所も、ゴンドラに乗って内側から見ると、窓に頑丈な冊がしてあって牢獄だったことが分かる。また、何度か水没した跡が、壁や階段に見られる。河沿いにもホテルやアパートらしき建物の玄関があったりもする。

イタリアでは、バスの運転手もとても強気で他の車を追い越してビュンビュン行くが、ゴンドラも他のゴンドラや曲がり角とぶつかるスレスレのところをどんどん進んで行く。後で入ったレストランの壁に貼ってあった写真を見ると、船頭さん同士の大会のようなものもあるようだ。そうして競い合って、操舵レベルを高めて行くのだろうな。

ゴンドラを降りると、イカ墨のスパゲッティを食べるべくレストランへと。沢山の土産物屋が並ぶ複雑な路地を何度も曲がって辿り着いた。イカ墨は当県の名産でもあるが、子供の頃に間違って食べた時に、この世の物とは思えないくらい不味かった思い出があり、それ以来、食わず嫌いになっていた。今は、普通の塩辛は美味しいと思って食べているから大丈夫だとは思うが、そのトラウマがあるので、どうしても口に出来なかったのだ。今回は冒険ではあるが、その食わず嫌いを払拭できるかも知れない良い機会だとも思った。

店はなかなか賑やかなところで、ウェイターが忙しく立ち働いていた。店内には大きなテレビがあり、MTVのような番組で、どぎついPVが映し出されていた。私の座ったテーブルの頭の上には、イノシシの頭部の剥製が飾られていた。その下に、ゴンドラ船頭さんたちの大会らしき写真が飾ってあったのだ。

はじめに飲み物を注文するのだが、やはりここはワインでしょう、本来なら白かも知れないが、気分的に赤が飲みたかったので、イタリア語で vino rosso と、後半ちゃんと巻き舌で言ってみたら、通じたようだ。ハーフサイズだったが、それでも一人では飲みきれないので、隣の新婚夫婦にも飲んでもらった。それなりに美味しかった。イカ墨のスパゲッティがいよいよ登場したが、日本人向きなのか量が少なめで助かった。そして、多分50年ぶりぐらいなのだが、イカ墨はとても美味しかった!これなら、もっと前から食べておくのだった、というくらいに。その後で出た、多分舌平目のムニエルも美味しかった。我が家で作るときはバターを使うのだが、オリーブオイルの方が美味しいなと思った。打ち粉が少なめなのも良いようだ。結果的に、この旅で一番美味しかったのは、ここでの食事だった。

レストランを出てから、ベネツィアングラスの店に案内される。ガラス工房で作り方を見学したあと、例によって店員から、グラスを買わないか攻撃を受ける。一旦、その場を去り、他の人達はアクセサリを見始めたが、私はもう二度とベネツィアを訪れることもないだろうなと思うと、やや高価ではあるが、姉達への土産にワイングラス(といっても足のないものなので、正式にはポートワイングラス?)を買うことにした。2個組で115ユーロだった。

店を出てからは集合時間まで少し時間があったので、通りの店を眺めながら一人歩いた。やはり、舞踏会用のマスクを売る店や、ベネツィアングラス風のアクセサリ(まがい物も多いという)を売る店が多いが、布レースの店もあった。レースも名産のようだ。

集合場所に戻り、カレンツァーノへと4時間、またバスに乗る。昨日の私の件があったせいか、添乗員さんはそれまでより多くトイレ休憩を挟んでくれたようだが、この日は全然大丈夫だった。